Story

19歳のある日、マンションの横に赤いFerrari 328 GTSが停まっていた。その日を境にして道が光で照らされたような気がした。

Story_Photo
初めて328を撮影した時のもの
父から借りた小さなカメラから始まった胎動は、
Ferrari 328 GTSとの邂逅によって発祥へと移った。

父に借りたフィルムカメラを持って風景を撮り始めたのがカメラとの最初の出会い。ひたすらに風景を撮り、見返すだけで楽しかった。
雑誌の切り抜きをクリアケースに入れるのが流行っていた中学生時代、自分は憧れだったバイクの写真を入れていた。友達がクリアケースに入れてたNikonF3の切り抜きがとてもカッコよくて、すぐに一眼レフカメラが欲しくなり、新聞配達のアルバイトで貯めたお金でCanon AL-1を買った。
高校生になってバイクの免許を取り、休みの日には富士スピードウェイに行き、本戦から練習走行まで、ひたすらシャッターを切った。現像してプリントを最初に見る時のドキドキ感はなんとも形容し切れない。好きという言葉では片付けられないほどにのめり込んでいた。
高校の文化祭や体育祭で撮った写真をクラスメイトに見せたら評判がとても良かった。好きでやってきたことがこんなに誰かに喜ばれせてるのが新鮮でとても嬉しかった。
自然とカメラマンを志すようになり、日本写真芸術専門学校に入学、実家を出て一人暮らしを始める。
最寄駅は目黒区の都立大学駅、四畳半一間の風呂なしアパート。新聞配達をしながら学校に通う毎日、新聞奨学生というやつだ。

ある日、いつものように夕刊を配達していたら、マンションの横にFerrari 328 GTSが停まってるのを見つけた。息が止まるほどの衝撃、居ても立ってもいられなくなった僕は急いで家にカメラを取りに行き、無我夢中でシャッターを切った。今思えば家からすぐの場所だった事もラッキーだったと思う。
ちょうどオーナーが下りてきたので、写真を撮ってもいいか尋ねたところ、快諾してくれた。
その日をきっかけに328 GTSのオーナーと親しくなり、何度も撮影の為にドライブに連れてってくれた。

Story_Photo
学生時代作品撮りで撮影した時のもの

八王子にあるFerrari専門の修理工場に連れて行ってもらったとき、何台もFerrariが並んでいる中に、一際オーラが違う一台が置かれていた。当時はよくわからなかったけれど、後で調べてみたらあのエンツォ・フェラーリが遺した渾身のスーパーカー「F40」だった。別格のオーラに圧倒され、車のデザイン性の高さと美しさを身に染みて感じた。世界にはこんなにカッコいい車があるんだ!このときは慣れないせいで満足いく写真を撮ることができず、目で記憶した景色がずっと頭から消えなかった。あの時の衝撃は今でも鮮明に覚えている。

Story_Photo
愛車撮影で撮影したもの

車に魅了され「カッコいい車を撮りたい!」という想いが募り、卒業作品展にFerrari 328 GTSの写真を提出、車をメインに撮影・照明を行なっている株式会社フォトムに入社する。
フォトムは車のカタログ撮影のライティング(Lighting)がベースになっていて、ライティング技術が合格点に達してないと、カメラマンにたどり着くことはできない。「いつかはカメラマンとして独立したい」という向上心を胸に下積みを経験し、6年近く掛かってやっとカメラマンになった。確かなキャリアを重ね、車をメインで撮影する傍ら、人物や物撮りにもチャレンジし、マルチな方面にも果敢に進み続け、2007年に独立を決断する。

カメラマンとして培ってきた経験を活かして第一線に立ちながら、一つ一つの仕事を確かに重ねる。フリーになってからも現状には留まらず、新しいことに挑戦する姿勢を崩さず洗練する。早くからドローンに挑戦し、ゼロの状態から空撮の仕事を可能にし、同時に動画編集も始めた。好奇心で多くのことにチャレンジする姿勢で、できることを増やしてきた。
裾野を広げていきながらも、核の部分はずっと変わっていない。全てのきっかけとなったカメラと車への想いは、人にも届く形に変わっている。文字通り愛車とオーナーを写真に収めて届けていた「愛車撮影会」では、写真に並走やドローン撮影が加わり、車と人が紡いできた物語を撮影、感動と喜びの瞬間をプレゼントしている。
愛車撮影会を通して、これまで積み重ねてきたカメラマンとしての道のりと、素敵な出会いのおかげであのとき満足いく撮影ができなかった「F40」を撮影することもできた。
Ferrari 328 GTSのオーナーとの出会いは、僕の人生の大きなターニングポイントになっている。
車と人との出会いが築き上げてきた物語をレンズに投影しながら、今日もシャッターを押す。

Story_Photo
愛車撮影がきっかけで撮影する事ができたF40